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2005年03月10日
江東区ブログReader 3月10日分(特別編)
1月1日より、江東区に関連する話題について書かれたブログを見つけ次第、紹介しています。
さて今日は3月10日。東京大空襲で江東区やその周辺いったいが焼け野原にされた日です。
今年はあれから60年目。
というわけで、いつもとほんの少しだけスタイルを変えて、東京大空襲について書かれたブログをチェックしてみました。
(いつもの延長でチェックしているので、当然全てのブログを集めたわけではありません。。。)
・nami-iの日記「[つれづれ]」
『碑を建てたくても建てられないほど、立ち直るまでに時間がかかったそうです』
・しかくらかおるの真南風の夢「東京大空襲。」
『たぶん、というのは、誰も死んだのは見てないし、遺骨がみつかったわけではないからです』
・どうして私、絵を描くの「東京大空襲」
『下は火の海真っ赤、その上B-29が飛んでいるのが黒く見え、アルミの細片をばらまき焼夷弾を雨あられの様に投下しているのをハッきり覚えております。』
・玄洋日誌「東京大空襲 60年前の悲しき悲劇」
『風が強いこの日の午前0時に目標の東西5キロ、南北6キロに焼夷弾を投下して民間人の逃げ道を塞ぎ、そしてその中心に午前2時までに焼夷弾を集中投下するというまさに、民間人の殺傷を前提とする作戦』
・NEETな日常「東京大空襲60周年」
『広島・長崎の原爆投下にくらべて、東京大空襲や大阪大空襲などは忘れられがちな気がします』
・浅草と着物ものがたり「東京大空襲 60年」
『私の母親の両親、姉妹4人が亡くなってしまいました。 会うことが出来なかったお祖父ちゃん、お婆ちゃん・・・・』
・enjoy受験日本史!今日子センセのお熱い授業「今日のご挨拶」
『空襲が一段落すると、(蒲田からみて)東側の空が真っ赤だったそうです。「あれは、本所深川※2の方じゃないか?」って、みんなで言い合ったそうです』
・市川電蔵事務所倉庫「昭和二十年三月十日午前零時十五分」
『アメリカという国の論理がここにある』(詳しくはブログで)
・青いち君「東京大空襲60周年」
『いまは穏やかな小名木川も死体で一杯だったとか』
・ボクだって癒されたい!「東京大空襲から60年」
『身近な場所が何度と無く出てくるので、翌日からそこを通るのが怖くなる』
・ブログで ひとこと 言わせてちょ〜だい「東京大空襲、10万人の犠牲から60年」
『11歳だった母は、千葉の鴨川に住んでいましたが、その夜、東京の方の空がいつまでもオレンジ色に見えていて、東京の方で大変なことが起きたと話していたのを覚えているそうです』
・ツグミの東京・深川のんびり日記「大空襲から60年目の深川で暮らして」
『歴史の重みのある深川で暮らせることを、とても幸せに思います。深川がたどってきた歴史を、これからもしっかりと見つめていこうと思います』
・セラピストな毎日「下町焼失から60年たって」
『私がいまここにいるのは先人たちの、生きよう、生きようともがいた結果にあります。
感謝。』
・ウマとオイラとミニピンと「東京大空襲」
『ハリーの散歩ルートにある慰霊碑に手を合わせながら、そんな事を考えた』
・atsuのB級ニュース批評「東京大空襲 社説B級検証」
『こういう周知が徹底したせいで無駄な消火作業にあたり、尊い命を落とした例は決して少なくないだろう』
・東京観光「3月10日って。」
『台東区墨田区江東区は焦土となり、なんにも残って無かったそうです。
千住のイトーヨーカドーから日本橋の三越まで見えたとのこと』
本日は私のコメントは省略させていただき、各ブログからの引用に代えさせてもらいました。
投稿者 あさぬま@管理人室 : 2005年03月10日 09:44